節分の火/ねずみの国

b0352427_19334861.jpg今月は節分にちなんだ短い話と、もうひとつ日本の昔話をしました。

ちょうど節分の日だったので、せっかくの機会だと思い、
節分について辞書で調べて、
おはなしの前にその意味を少し説明しました…が、
これはちょっと失敗。

おはなしを聞こうと待っていた子どもたちが、
すぐにざわざわがたがたして気が散りました。
席を立つ子もいました。

そして、おはなしを始めると、しん、として耳を傾けてくれたのでした。

たしかにウンチクって、
押し付けがましいところがあるしな…
と反省。
でも『月宮殿のおつかい』の時に「月宮殿」の説明をした時には
ちゃんと聞いてくれていたから、単に
「節分の意味くらい知ってるよ!」だったのかもしれません。

いずれにしても、
"「教養」っぽいことをただ教えられても、面白くない"、
というのは気に留めておこう。

さて、
「節分の火」は、

ある家の女中が、
節分の夜だけは囲炉裏の火を消さないように、
と主人に言われるのですが、
夜中につい眠ってしまった間に、火が消えてしまいます。
誰かに火を分けてもらおうと外に出ると、
棺桶を背負った人に出会います。
その人は、棺桶を預かってくれたら火を分けてやる、と言うのです。

「棺桶」という言葉が出て来ると、
子どもたちの雰囲気が引き締まりました。

私自身も読んだ時そうでしたが、
ただならぬものが出て来ると、
どうなるのか、先を知りたくなりますよね。

わけあって「棺桶」を預かった女中が、
最後にはお金持ちになってめでたし、というおはなしです。


「ねずみの国」は、

ねずみにそばもちを食べさせたじいさまが、
お礼にねずみのうちへ呼ばれてごちそうや歌でもてなされ、
おみやげをたくさんもらって帰ります。

それをまねした欲ばりなじいさまが同じことをやって、
たいへんな目に会う(最後はもぐらになってしまう!!)おはなしです。

この話を練習しながら気づいたのは、
欲ばりなじいさまのエピソードの方がいきいきしていること。

最初のじいさまのところはあっさりと終わって、
欲ばりなじいさまのくだりの方がずっと面白いんです。

ねずみの国に行くまではいいのですが、
欲ばりなじいさまは
「ごちそうや歌よりも、おみやげをもらって早く帰りたかった」。

日々の生活の中で、
そういうわけにはいかないんだけど、
本音を言うと…っていうような、
ちょっとした解放感が、
ここには感じられるんです。

昔話で欲ばりなじいさま(又は、ばあさま等々)のすることには、
誰でも心のうちに持っているだめな部分とか、
思っていても表に出してはまずいようなことが
託されているのかも?
それをやっちゃあおしまいよ、というようなことが。

このおはなしには歌の部分があって、
ただ棒読みしてもつまらないので、
適当に作曲して歌いました。

もともと素人がそれぞれに語り継いできたものだから、
好き勝手に歌っていいだろう、と。
昔話の研究者から聞いたことですが、
「正統な昔話」というのはないそうです。
だから、いいんです!

というわけで、
歌いながら、昔話の懐の深さというか、
語り手にもよりそってくれるような安心感を感じています。

底本は前にも紹介した、
「ちゃあちゃんのむかしばなし」(中脇初枝再話・福音館書店)です。

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by yoinezumi | 2017-02-28 18:30 | おはなし | Comments(0)