今月は、谷中のエスノース・ギャラリーでの素話イベントで、b0352427_18492644.jpg「人虎報仇」という、
『聊斎志異』(蒲松齢・作)という物語集からの一編を話しました。
(他はこれまでに語ったことのある、
「ねずみの国」「マーシャとくま」「ちえ者のグレーテル」)

これは作者のある小説で、昔話ではないのですが、
蒲松齢が中国の様々な伝承を取材していたらしく、
昔話のテイストが強く感じられ、
語って面白そうだと思ったので選びました。

といっても、元の文章は日本語訳も漢文調で、
熟語が多くきりっと締まったかっこいい文体です。

これは、文字を読むにはとても魅力的なのですが、
耳だけで聴いても筋がわかりにくいだろうということで、
まことに勝手ながら、
おはなし調に全文直しました。
(もとになった本は会場でお客様にご紹介しました。)

タイトルも「虎になった弟」としました。

物語は、
仲のよい兄弟の兄が、
あることで若旦那の怒りを買い、
殺されてしまう。
その仇討ちをしようとした弟が
道教の坊さんの術によって虎の体にされてしまい、
仇は取って人間の姿に戻ったものの、
その後は寝たきりになってしまうというお話です。

話し終えた後、
お客様が「弟は鬼になってしまったということですよね。」と言われました。
なるほど、私はそのまま文字通り受け取っていましたが、
弟の心を虎という形で表現したと考えるとまた面白いです。

昔話、伝承話(今回はそれをもとにした(?)小説ですが)は、
聞いた人によって様々な受け取り方ができる気がします。
そこが、とても開かれた感じがする。
今回は大人の方が多かったので、
終わった後に色々ご感想など聞くことが出来て、
貴重な体験でした。

また、どうやってお話を選ぶのか、という質問もありました。
「すごく好きな箇所があること、言いたくなる言葉があること」と答えましたが、
この「人虎報仇」の場合は、
緊張感のある展開と、
神仙の術が出て来ることでしょうか。

魔法の話は好きです。
不思議な話には魅力を感じます。

そういえば子どもの頃、
「自分は魔法使いだ」って友だちに言ってたな…。
半分は願望、半分は信じてるんですよね。
幼稚園児だったので友だちも半信半疑です。
(←友だちのお姉さんには嘘だと言われましたが、
そりゃもう、いたしかたない。)

おままごとのハタキの柄を、
魔法の杖にして遊んでいました。

子どもはからだ半分ファンタジーの世界で生きてる気がします。
…私だけじゃないですよね…?

底本は、『新編バベルの図書館6』(ホルヘ・ルイス・ボルヘス編纂、国書刊行会)です。


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# by yoinezumi | 2017-04-25 19:20 | おはなし

マーシャとくま

小学校での今年度最後のおはなしは、b0352427_17192034.jpgロシア民話「マーシャとくま」にしました。
ひなまつりの日でしたので、
女の子が主人公の話を選んでみました。

おじいさんとおばあさんに育てられているマーシャという女の子が、
森で友だちとはぐれてしまい、
熊の小屋に入り込んで捕まってしまって、
やむをえず一緒に暮らすことになります。
熊に、もう逃がさんぞ、ここで暮らしてもらおう、
黙って外へ行ったら食べてやる、と脅されるのです。

これ…大人が読むと結構な大事件にも受け取れませんか…。
が、物語は淡々と、できごとを語るのみ。

昔話で私が好きな点のひとつは、これです。
できごとをシンプルに語り、
叙情や感傷、飾り立てなどは、ほぼ無しです。

何が起こったかに徹していて、
乾いた、というほどではないにしろ、
ベタつきのないさらっとした語り口。
そして「次どうなるの?」というドライブ感。
なんか、かっこいい…って思っちゃいます。

だけど、読んだ人聞いた人が自分の経験などに照らし合わせて、
自由に登場人物の思いや、できごとの背景などを想像して、
自分だけの世界を作り上げることもできる。
しかも特に正解はない。
何しろ、昔話は詠み人知らず、作り手知らずですからね。

扉の鍵だけを渡してくれて、
あとは自分で感じ取ればよい、
もしくは、
「わからなくてもいいから、持っておきなさい、
あとで役に立つ時がくるかもしれないよ」
というのが昔話なのかもしれない、なんて思います。

マーシャは、考えて考えて、
熊をある意味手玉にとって、家へ帰る作戦を思いつきます。
これまた、深読みするとすごい気がします。

とはいえ、お話の印象はかわいくてわかりやすく、
熊も最初は怖い気もするけど、
中盤からは愛嬌があります。

私がこの話を選んだ一番の理由はラスト。
おじいさんとおばあさんが最後に言うひとことです。
これこそが、自分の知恵で困難を乗り越えたマーシャに同化した
読み手、聞き手へのご褒美のように思えるんです。

底本は、「ロシアの昔話」(内田莉莎子編・訳、福音館文庫)です。
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# by yoinezumi | 2017-03-22 17:29 | おはなし

b0352427_11431001.jpg若い頃、やりたいことがうまく出来ていなくて、焦りと諦めと、そこはかとないうら寂しさを感じていた。
そんなとき出会ったのが井上洋介の『電車画府』という画集。
真っ暗闇のなかから、げらげらと笑い声が聞こえるような、
底知れぬエネルギーが沸き上がるような絵だった。

どうしようもない現状を笑って歌って踊ってしまえ!という感じは、
私の好きな"black music"(今こういう言い方はしないかもしれませんね)にも
通じる気がする。根底に、どこか「滑稽さ」という強さがある。

とにかく、その当時、この『電車画府』にとても励まされたと思う。
その後サイン会でご本人にお目にかかれて、
「この赤はとてもきれいなのですが、何の絵具ですか?」と聞いた。
すると井上さんはふと目を上げてこちらを見て、
「フランスのルフランという絵具。手に入りにくいかもしれないけど。」
と答えてくれた。私はほぼ独学で絵を描いていたので、
「かっこいい絵を描く人」に知らない絵具を教えてもらったことがとても嬉しかった。

ある時期から長いこと、この画集を見ることはなかった。
この本を机の上に開いて力をもらいながら絵を描くこともなくなった。

やりたいことが少しずつできるようになって、
細々とではあるけど、今は目の前のことを少しでも良くするように、
焦らず地道にこつこつと仕事をすることができる。

でも、あの頃の自分はこの絵をとても必要としていたし、
b0352427_11432263.jpg絵にはそういう力があるということを、
『電車画府』の原画も飾られた今回の展覧会を観て、
遠いできごとのように思い出した。
かわいい「くまの子ウーフ」(神沢利子・作/井上洋介・絵)のバッジを買って帰った。

「本というものは、まわりまわって届くべきところに届くものだ」
(うろ覚え。だいたいそんなこと。)と
『水妖記』の作者フーケーが言ったそうですが、
本当にそういう気がします。

「井上洋介没後1周年大誕生会」(アートコンプレックスセンター)3月12日まで。



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# by yoinezumi | 2017-03-11 11:50 | 絵本 | Comments(0)

節分の火/ねずみの国

b0352427_19334861.jpg今月は節分にちなんだ短い話と、もうひとつ日本の昔話をしました。

ちょうど節分の日だったので、せっかくの機会だと思い、
節分について辞書で調べて、
おはなしの前にその意味を少し説明しました…が、
これはちょっと失敗。

おはなしを聞こうと待っていた子どもたちが、
すぐにざわざわがたがたして気が散りました。
席を立つ子もいました。

そして、おはなしを始めると、しん、として耳を傾けてくれたのでした。

たしかにウンチクって、
押し付けがましいところがあるしな…
と反省。
でも『月宮殿のおつかい』の時に「月宮殿」の説明をした時には
ちゃんと聞いてくれていたから、単に
「節分の意味くらい知ってるよ!」だったのかもしれません。

いずれにしても、
"「教養」っぽいことをただ教えられても、面白くない"、
というのは気に留めておこう。

さて、
「節分の火」は、

ある家の女中が、
節分の夜だけは囲炉裏の火を消さないように、
と主人に言われるのですが、
夜中につい眠ってしまった間に、火が消えてしまいます。
誰かに火を分けてもらおうと外に出ると、
棺桶を背負った人に出会います。
その人は、棺桶を預かってくれたら火を分けてやる、と言うのです。

「棺桶」という言葉が出て来ると、
子どもたちの雰囲気が引き締まりました。

私自身も読んだ時そうでしたが、
ただならぬものが出て来ると、
どうなるのか、先を知りたくなりますよね。

わけあって「棺桶」を預かった女中が、
最後にはお金持ちになってめでたし、というおはなしです。


「ねずみの国」は、

ねずみにそばもちを食べさせたじいさまが、
お礼にねずみのうちへ呼ばれてごちそうや歌でもてなされ、
おみやげをたくさんもらって帰ります。

それをまねした欲ばりなじいさまが同じことをやって、
たいへんな目に会う(最後はもぐらになってしまう!!)おはなしです。

この話を練習しながら気づいたのは、
欲ばりなじいさまのエピソードの方がいきいきしていること。

最初のじいさまのところはあっさりと終わって、
欲ばりなじいさまのくだりの方がずっと面白いんです。

ねずみの国に行くまではいいのですが、
欲ばりなじいさまは
「ごちそうや歌よりも、おみやげをもらって早く帰りたかった」。

日々の生活の中で、
そういうわけにはいかないんだけど、
本音を言うと…っていうような、
ちょっとした解放感が、
ここには感じられるんです。

昔話で欲ばりなじいさま(又は、ばあさま等々)のすることには、
誰でも心のうちに持っているだめな部分とか、
思っていても表に出してはまずいようなことが
託されているのかも?
それをやっちゃあおしまいよ、というようなことが。

このおはなしには歌の部分があって、
ただ棒読みしてもつまらないので、
適当に作曲して歌いました。

もともと素人がそれぞれに語り継いできたものだから、
好き勝手に歌っていいだろう、と。
昔話の研究者から聞いたことですが、
「正統な昔話」というのはないそうです。
だから、いいんです!

というわけで、
歌いながら、昔話の懐の深さというか、
語り手にもよりそってくれるような安心感を感じています。

底本は前にも紹介した、
「ちゃあちゃんのむかしばなし」(中脇初枝再話・福音館書店)です。

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# by yoinezumi | 2017-02-28 18:30 | おはなし | Comments(0)

ちえ者のグレーテル

b0352427_18311309.jpg1月のおはなしは、グリム童話「ちえ者のグレーテル」にしました。

食いしん坊の料理人グレーテルは、
主人とお客さまのためにこしらえた鶏の丸焼きを、
自分でふたつとも食べてしまう。

それには、当人としてはもっともな理由があるのですが、
(へ)理屈を言いながらだんだん焼き肉を食べ尽くして行くところが、
とてもおかしくて面白い。

食いしん坊ならではの、
料理を大事に思うからこそなんだけど、
自分の都合のいいように解釈するんです。

ところが、来ないと思っていたお客さまが
なんと来てしまった!

その時のグレーテルの対応が、
あまりにもすばやくちゃっかりと機転を利かせています。
プチ悪です。

私が好きなのは雇用主であるだんなさんの反応で、
グレーテルとだんなさんの会話がとてもいい。
翻訳も滑稽であたたかい魅力があります。

なんだかこのだんなさん、ちょっとお人好しというか、
全然グレーテルを疑ったり叱ったりしなさそうなんです。
グレーテルにとってはきっと、いい職場!

最後はとても素晴らしいオチがつきます。
昔のサイレント喜劇映画のような映像が目に浮かびます。

子どもたちは、こないだと同様(といっても違うクラスの6年生)、
笑いが起こるまでにはなりませんでしたが、
目がにこにこしている子どもがいたので、
まあよしとしよう!というところです。

それに以前、姪に話した時にはクライマックス(?)のところで
吹き出してくれましたしね。

底本は『完訳 グリム童話集2』(金田鬼一訳、岩波文庫)です。




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# by yoinezumi | 2017-02-10 18:33 | おはなし