b0352427_11431001.jpg若い頃、やりたいことがうまく出来ていなくて、焦りと諦めと、そこはかとないうら寂しさを感じていた。
そんなとき出会ったのが井上洋介の『電車画府』という画集。
真っ暗闇のなかから、げらげらと笑い声が聞こえるような、
底知れぬエネルギーが沸き上がるような絵だった。

どうしようもない現状を笑って歌って踊ってしまえ!という感じは、
私の好きな"black music"(今こういう言い方はしないかもしれませんね)にも
通じる気がする。根底に、どこか「滑稽さ」という強さがある。

とにかく、その当時、この『電車画府』にとても励まされたと思う。
その後サイン会でご本人にお目にかかれて、
「この赤はとてもきれいなのですが、何の絵具ですか?」と聞いた。
すると井上さんはふと目を上げてこちらを見て、
「フランスのルフランという絵具。手に入りにくいかもしれないけど。」
と答えてくれた。私はほぼ独学で絵を描いていたので、
「かっこいい絵を描く人」に知らない絵具を教えてもらったことがとても嬉しかった。

ある時期から長いこと、この画集を見ることはなかった。
この本を机の上に開いて力をもらいながら絵を描くこともなくなった。

やりたいことが少しずつできるようになって、
細々とではあるけど、今は目の前のことを少しでも良くするように、
焦らず地道にこつこつと仕事をすることができる。

でも、あの頃の自分はこの絵をとても必要としていたし、
b0352427_11432263.jpg絵にはそういう力があるということを、
『電車画府』の原画も飾られた今回の展覧会を観て、
遠いできごとのように思い出した。
かわいい「くまの子ウーフ」(神沢利子・作/井上洋介・絵)のバッジを買って帰った。

「本というものは、まわりまわって届くべきところに届くものだ」
(うろ覚え。だいたいそんなこと。)と
『水妖記』の作者フーケーが言ったそうですが、
本当にそういう気がします。

「井上洋介没後1周年大誕生会」(アートコンプレックスセンター)3月12日まで。



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by yoinezumi | 2017-03-11 11:50 | 絵本 | Comments(0)

「3びきのくま」

好きな本について、時々思いついた時、書いてみようと思います。

以前twitterにも書きましたが、まずは
「3びきのくま」トルストイ作 バスネツォフ絵 おがさわらとよき訳(福音館書店)

このお話でぐっと来るのは、まず、熊たちにしっかりした名前が付いているんですよ。
父さん熊はミハイル・イワノビッチ、母さん熊はナスターシャ・ペトローブナ、子熊はミシュートカ。
そして一見主人公かと思われる女の子には、名前がないんです!

女の子は留守中の熊の家に入るのですが、
熊はいなくても、ちゃんと名前のある熊たちのお宅だから、
やけに真実味というか、そういう熊のお宅があったと実に本当らしく思われるわけです。

最後、女の子は追いかけられて終わるのですが、
ここでも「3びきの くまは、おんなのこに おいつけませんでした」でおしまいです。
「女の子はあやうく逃れました」じゃなくて、熊の側から書かれている。

つまり、タイトル通り、主人公は「くま」なんじゃないかと。
そして、食堂と寝室のあるちゃんとした家で生活しているけど、
怖い声で吠えたり人間を追いかけたり、やっぱりケモノ。
この人間との距離感がたまらなく良いんです!

ロシアの絵本は、動物に親しみを持ちつつも、
しっかりケモノ感を宿していて、そこが大好きです。
バスネツォフの絵もそう。
絵も大好きですが、そもそも絵が好みでない絵本は手に取らないので、ここでは省略します。
b0352427_20372931.jpg
追記:以上は2015年8月に書いた文章です。
   その後、昔話の主人公に名前がなかったり個性がないのは、昔話の特徴であることを知りました。
   それにしても、熊の名前にはとても存在感があって、いいですよね。
   表紙の父さん熊も、すましているけど、どうかすると太い声で「ごうごう」と吠えそうで、いい顔しています。
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by yoinezumi | 2016-02-29 19:52 | 絵本