マーシャとくま

小学校での今年度最後のおはなしは、b0352427_17192034.jpgロシア民話「マーシャとくま」にしました。
ひなまつりの日でしたので、
女の子が主人公の話を選んでみました。

おじいさんとおばあさんに育てられているマーシャという女の子が、
森で友だちとはぐれてしまい、
熊の小屋に入り込んで捕まってしまって、
やむをえず一緒に暮らすことになります。
熊に、もう逃がさんぞ、ここで暮らしてもらおう、
黙って外へ行ったら食べてやる、と脅されるのです。

これ…大人が読むと結構な大事件にも受け取れませんか…。
が、物語は淡々と、できごとを語るのみ。

昔話で私が好きな点のひとつは、これです。
できごとをシンプルに語り、
叙情や感傷、飾り立てなどは、ほぼ無しです。

何が起こったかに徹していて、
乾いた、というほどではないにしろ、
ベタつきのないさらっとした語り口。
そして「次どうなるの?」というドライブ感。
なんか、かっこいい…って思っちゃいます。

だけど、読んだ人聞いた人が自分の経験などに照らし合わせて、
自由に登場人物の思いや、できごとの背景などを想像して、
自分だけの世界を作り上げることもできる。
しかも特に正解はない。
何しろ、昔話は詠み人知らず、作り手知らずですからね。

扉の鍵だけを渡してくれて、
あとは自分で感じ取ればよい、
もしくは、
「わからなくてもいいから、持っておきなさい、
あとで役に立つ時がくるかもしれないよ」
というのが昔話なのかもしれない、なんて思います。

マーシャは、考えて考えて、
熊をある意味手玉にとって、家へ帰る作戦を思いつきます。
これまた、深読みするとすごい気がします。

とはいえ、お話の印象はかわいくてわかりやすく、
熊も最初は怖い気もするけど、
中盤からは愛嬌があります。

私がこの話を選んだ一番の理由はラスト。
おじいさんとおばあさんが最後に言うひとことです。
これこそが、自分の知恵で困難を乗り越えたマーシャに同化した
読み手、聞き手へのご褒美のように思えるんです。

底本は、「ロシアの昔話」(内田莉莎子編・訳、福音館文庫)です。
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by yoinezumi | 2017-03-22 17:29 | おはなし

b0352427_11431001.jpg若い頃、やりたいことがうまく出来ていなくて、焦りと諦めと、そこはかとないうら寂しさを感じていた。
そんなとき出会ったのが井上洋介の『電車画府』という画集。
真っ暗闇のなかから、げらげらと笑い声が聞こえるような、
底知れぬエネルギーが沸き上がるような絵だった。

どうしようもない現状を笑って歌って踊ってしまえ!という感じは、
私の好きな"black music"(今こういう言い方はしないかもしれませんね)にも
通じる気がする。根底に、どこか「滑稽さ」という強さがある。

とにかく、その当時、この『電車画府』にとても励まされたと思う。
その後サイン会でご本人にお目にかかれて、
「この赤はとてもきれいなのですが、何の絵具ですか?」と聞いた。
すると井上さんはふと目を上げてこちらを見て、
「フランスのルフランという絵具。手に入りにくいかもしれないけど。」
と答えてくれた。私はほぼ独学で絵を描いていたので、
「かっこいい絵を描く人」に知らない絵具を教えてもらったことがとても嬉しかった。

ある時期から長いこと、この画集を見ることはなかった。
この本を机の上に開いて力をもらいながら絵を描くこともなくなった。

やりたいことが少しずつできるようになって、
細々とではあるけど、今は目の前のことを少しでも良くするように、
焦らず地道にこつこつと仕事をすることができる。

でも、あの頃の自分はこの絵をとても必要としていたし、
b0352427_11432263.jpg絵にはそういう力があるということを、
『電車画府』の原画も飾られた今回の展覧会を観て、
遠いできごとのように思い出した。
かわいい「くまの子ウーフ」(神沢利子・作/井上洋介・絵)のバッジを買って帰った。

「本というものは、まわりまわって届くべきところに届くものだ」
(うろ覚え。だいたいそんなこと。)と
『水妖記』の作者フーケーが言ったそうですが、
本当にそういう気がします。

「井上洋介没後1周年大誕生会」(アートコンプレックスセンター)3月12日まで。



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by yoinezumi | 2017-03-11 11:50 | 絵本 | Comments(0)