絵本の読み聞かせ

b0352427_10584413.jpg今年からはじめたおはなし語りですが、
9月、10月は、自分が絵を担当した絵本『月宮殿のおつかい』を読みました。

小学校でおはなししているのですが、
もともとは、絵本の仕事とは別に、
昔話をそらで語りたくて始めたので、
読み聞かせをする予定はありませんでした。

けれども、長年読み聞かせをしている方から、
「こういう仕事(絵本画家)もあるんだ、と子どもたちが知ることができる」
というアドバイスをいただき、
なるほど、自分の本を読むことには、
そういう側面もあるのか、と思ったのです。

おはなしそのものだけでなく、
子どもたちが受け取ることは色々なんだな、
と目からウロコの一言でした。

もちろん、自分の絵本を子どもたちが知ってくれること自体、
とても嬉しいのは言うまでもありません。
これまで読まずにいたのは、
単に私が絵とは別なこと(素話)もやりたかったからです。

やってみて思ったのは、
絵本の持ち方は意外に気を使うこと。

みんなに見えるように、
しかも自分も読めるような位置に固定しなければいけない。
けっこう腕も疲れます(笑)。
顔が絵本の方を向きすぎると、声が前に届かないかな?
とか、毎回、色々気になります。

読み聞かせは、暗記しなくても大丈夫なのでその点はらくですが、
これはこれで、何かとコツがありそうです。

『月宮殿のおつかい』は十五夜のおはなしなので、
この季節にいいかと思いました。
季節感も大事です。
日本や中国などに伝わる「月宮殿」の言い伝えについて少しだけ説明してから読みました。

読み終わった後、
子どもたちが「うさぎって(昔話などでは)賢いんだよ」なんて
お友達と話しているのを聞いたりすると、
よしよし、それぞれに何かしら受け取ってくれたかな、と嬉しくなります。


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# by yoinezumi | 2016-10-28 11:16 | おはなし

先月子どもたちに語ったお話です。
これもグリム童話から選びました。

このおはなしの好きな点のひとつは、
神さまが「小さい悪さ」には目をつぶってくれることです。
いちいち罰してたら切りがない、というわけです。

主人公のしたてやさんは、
自分は聖人君子でも何でもない、むしろ、せせこましい小人物なのですが、
他人の小さな悪事には目くじらをたて、罰しようとします。

それを神さまからひどく叱られてしまうのですが、
もうひとつ面白いのは、それでもなお、
あまり懲りてない風な終わり方です。

おはなし全体に、何か「寛容」というか、
「しょうがねえなあ」という、
落語でいうところの「人間の業の肯定」(立川談志)が感じられるのです。

グリム童話には、落語みたいだな、というおはなしが時々あります。
古典落語の『死神』も、もともとはグリム童話の『死神の名付け親』から来ているようです。
どちらも語りによって人間を表現するということで、
何か通じるものがあるのかもしれません。

ところで子どもたちは、
したてやさんが悪さをして知らんぷりしているところへ
神さまが戻って来たくだりで、しんと静まり、話に集中してくれたようでした。

「ばれちゃうぞ、叱られるかもしれない、どうなるんだろう!?」
という心持ちでしょうか。

私自身もそのような気持ちは身に覚えがありますし、
たしかに緊張の一瞬かもしれません。

まったくの初心者で拙い私でも
子どもたちのそうした空気が何となく感じられるのが、
昔話の底力なのだろうと思うと、つくづくその魅力に惹かれます。

「もっともっと、たくさんおはなしを覚えたい!」という欲が膨みます。
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# by yoinezumi | 2016-08-16 18:24 | おはなし

先月になりますが、2回目のおはなしは、やはりグリム童話から、

「くもりのないおてんとうさまは かくれてるものを明るみへだす」

を選びました。


前回よりもずいぶん長い(7~8分)ので、

覚えるのに少し手間取りましたが、

私が底本にしているのが岩波文庫の金田鬼一さん訳で、

これが口にしてみると随分語りやすく、そして覚えやすいのです。


他の翻訳と比べたわけではないのですが、

何だか口にしたくなる言葉が使われています。

「素寒貧(すかんぴん)」とか、

「世帯(しょたい)をきりまわす」とか、

「修行の旅がらす」とか…

これらが所々で鍵になって、覚えるのを助けてくれるんです。


それに、母音の順序というのでしょうか。

口の開け方が、ちゃんと次の音へつなげて

動かしやすいようにできている気がします。


このおはなしは、罪を犯してしまった仕立て屋さんが、長い時を経て、

ついに罪が明るみに出て報いを受ける話です。


若干お説教くさい面もありますが、

おてんとうさまの不思議な力が、どのようにそれを明るみへ出すかが面白い点です。

実は、おてんとうさまではなく、人間の業というか本質的な心理が、

そうさせているのかもしれません。


最初から緊張感のあるおはなしで、

どうなってしまうのか、最後まで気がかりが続くサスペンス的な物語です。


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# by yoinezumi | 2016-07-07 17:01 | おはなし

おはなしのボランティアを某所で始めました。
絵本画家ですし絵本が大好きではありますが、絵本の読み聞かせではなく、
昔話を覚えて語る(素話、というそうです)のを常々やってみたかったのです。

先日初めて子どもたちに話したのは、グリムの「おいしいおかゆ」です。
私の大好きなおはなしで、とてもユーモアがあり、
また、短いながらも心をつかまれる要素がいくつもあるお話です。

素話の威力(?)については、自分も幼少時に経験していますし、
その後も本で読んだり、見聞きはしていたのですが、
実際やってみると、やっぱりとても面白いです。

後半、おかゆがどんどん増えて町中にあふれるくだりで、
子どもたちがお話の世界に入った感じがしました。

そのあと、別の昔話を(まだ話を暗記してないので)本を読み聞かせたのですが、
本を読むのと素話では、語るスピードや「間」が変わって来るのを感じました。

「覚えて話す」方が、聞く側のリズムと合うのかもしれない、と、ちょっと思っています。

お話を絵で語りたい、と思って絵本を作っていますが、
素話の魅力もとても惹かれるものがあります。

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# by yoinezumi | 2016-05-23 17:57 | おはなし

「3びきのくま」

好きな本について、時々思いついた時、書いてみようと思います。

以前twitterにも書きましたが、まずは
「3びきのくま」トルストイ作 バスネツォフ絵 おがさわらとよき訳(福音館書店)

このお話でぐっと来るのは、まず、熊たちにしっかりした名前が付いているんですよ。
父さん熊はミハイル・イワノビッチ、母さん熊はナスターシャ・ペトローブナ、子熊はミシュートカ。
そして一見主人公かと思われる女の子には、名前がないんです!

女の子は留守中の熊の家に入るのですが、
熊はいなくても、ちゃんと名前のある熊たちのお宅だから、
やけに真実味というか、そういう熊のお宅があったと実に本当らしく思われるわけです。

最後、女の子は追いかけられて終わるのですが、
ここでも「3びきの くまは、おんなのこに おいつけませんでした」でおしまいです。
「女の子はあやうく逃れました」じゃなくて、熊の側から書かれている。

つまり、タイトル通り、主人公は「くま」なんじゃないかと。
そして、食堂と寝室のあるちゃんとした家で生活しているけど、
怖い声で吠えたり人間を追いかけたり、やっぱりケモノ。
この人間との距離感がたまらなく良いんです!

ロシアの絵本は、動物に親しみを持ちつつも、
しっかりケモノ感を宿していて、そこが大好きです。
バスネツォフの絵もそう。
絵も大好きですが、そもそも絵が好みでない絵本は手に取らないので、ここでは省略します。
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追記:以上は2015年8月に書いた文章です。
   その後、昔話の主人公に名前がなかったり個性がないのは、昔話の特徴であることを知りました。
   それにしても、熊の名前にはとても存在感があって、いいですよね。
   表紙の父さん熊も、すましているけど、どうかすると太い声で「ごうごう」と吠えそうで、いい顔しています。
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# by yoinezumi | 2016-02-29 19:52 | 絵本